合成洗剤=石油系、石けん=天然・自然系、と言って区別しようとする人々は、今日でも多くいます。でも、少し考えてみてください。石油も自然界に存在するものであることは誰もが知っているはずです。
従って、こうした区別の仕方は意味をなさないことを、まずしっかり認識してもらいたいと思います。
その上で、石けんを過信する方々の根拠が極めて曖昧であることを知ってもらうために、我が国での石けんの歴史的経緯を説明したいと思います。
『石けんは歴史上初の合成洗剤である』
と言ったら、多くの人々が《ウッソー!》と言うかも知れません。
「原料は自然界にある動植物油じゃあないの?」
・・・その通りですが、その油から化学的に合成しなければ、石けんは得られません
「昔から、あるじゃない」
・・・昔から合成されていたのです。ただ、合成という言葉を知らなかっただけです。自然界に石けんそのものは存在しません
石けんの歴史を辿ると、紀元前3000年代の古代バビロニアのシュメール族が残した楔形文字の記録文章に
「山羊脂(1)と木灰(5)から石けんを作り、洗たくと医療に用いた」
と記されています。
即ち、山羊脂は動物性油脂、木灰は木を燃やした後の灰で、主成分は炭酸ソーダです。要するに、油脂とアルカリ性の炭酸ソーダで石けんを作るということで、これは今日でも石けん作りの基本になっています。
でも、ソープの語源になっているローマの丘「サポ」には土に混ざっていたのではないか、という方々がいますが、サポの丘は祭祀の場所で、常に生け贄として山羊や羊が奉げられていました。火に焼かれ、脂肪がひたたり落ちます。そこには燃料の木灰が次々に溜まります。
油脂と木灰があり、繰り返し熱が加わることで反応が進み、石けんが形成されていきました。それが知らぬ間に、石けんと土が混ざり合って溜ってしまったのであり、最初から自然に存在した訳ではありません。
それでは何故、石けんと合成洗剤が別々に言葉として存在するのでしょうか。
戦後、化学工業が急速に発展し、鉱物油・動植物油からいいろな界面活性剤(合成洗剤)が合成されるようになりました。
一方、石けんは幕末・維新に欧米から輸入されるようになりましたが、当時は「石けん」という名称はありませんでした。あくまでも、原産国の名称に近い発音の「シャボン」あるいは「サボン」と呼ばれていて、しかも一般庶民の目に触れることはありませんでした。要するに、庶民は知らなかったのです。
石鹸の「鹸」という文字の意味は、灰汁(あく)という意味です。木灰に水を和し、濾して得た液汁のことです。
幕末、かまどから得た灰汁にうどん粉(小麦粉)の水溶液を混ぜ、暫く放置しておくと、やがて固まって「石」のようになることを発見してから、その塊を「セキケン(石鹸)」と呼ぶようになったということです。これは、小麦に含まれるグルテンが網目状につながる作用によるものです。
身近な問題としては、うどんを捏ねているとコシのあるうどんに仕上がるとか、パン生地を暫くの間、寝かせておくとしっかり膨らんだパンになるとか言われていますが、これは、水を加えて捏ねると、グルテンが網目状になって繋がり合うという特異な作用によるものです。
しかも、グルテンが繋がり合ったものを水で洗い流すと、水溶性タンパク質やデンフン粒が流出し、グルテン塊が分離するそうです。
上述の「セキケン」はそうして得られたものではないかと思われます。
更に石けんの詳しいことは長くなるので、拙著『化粧品と美容の用語事典』に譲るとして、明治6年に行われたオーストリア万国博覧会派遣された技術者が石けん製造法を習得して来たことが、我が国での石けん製造の起原になったと言われています。
それ以前、試作に成功したとか、明治4年に製造の先鞭をつけたという話もありますが、何と言っても万博派遣の技術者が初めて「苛性ソーダ」という化学物質を知って知り、それを用いて積極的に石鹸製造を行うようになって、何とか欧米の石けんに近いものができるようになったことが、それ以降のわが国の石けん製造技術の発展につながっています。
明治10年の第1回内国勧業博覧会には、透明石けんが出品されるほどになり明治20年後半には海外に輸出するようになりました。
それでも、品質的にはまだ欧米の水準にまで至っていなかったようで、森鴎外は『雁』(1911年)の中で、主人公の言葉を借りて、
「石鹸は本物でなければならない」
と、言っています。要するに、本物というのはヨーロッハ゜の石けん、そしてそれに進化途上のわが国の石けんを対比させているということです。
注目すべきは、「石鹸」という言葉が使われていることです。明治40年代には言葉としても「石鹸」が定着していることを知る貴重な史料だと思います。
このように、石けんはわが国の近代工業の発展に多大な成果をもたらし、戦後、石油由来の合成洗剤が発展するまで日本の化学工業をけん引してきた歴史的な物質であったので、その後、石けんと合成洗剤が併存しても、「石けん」の名が残されることになったというわけです。
JIS規格、家庭用品品質表示法でも別々に規定され、今日まで変わっていません。決して、自然系で安全・安心などという理由ではありません。
むしろ、俗にいう「自然・天然系」という同類の界面活性剤が、どれも化学合成され、実際に食品・医薬品に大量に使用されています。一般消費者は普段の食生活において必ず摂取していることを認識しなければなりません。
「合成」だからといって、忌避する理由にはならないことを知ってもらいたいと思います。
2025-04-28 23:14